
Unwavering Attainment
音楽は、くっきりした輪郭のあるグラフィックデザインに例えられる。
拡大しても解像度が劣化しないベクターデータで作られたロゴのように、周波数の重なりや隙間にも気を遣い、充分な量の異なる音がメロディーとなって編集されたものが音楽だ。
一つの一つの音色、もしくは画布にはしらせた画材が、多少立体的であろうと、どれだけ綺麗であろうが、アウトラインがボヤけたら、どれだけ重ね続けても芸術にはならない。
Characteristics of Music
The combination of scales and melodies created by humans does not exist in the natural world, and that is why it loosens the sensibility of humans.
人間がつくる音階やメロディの組み合わせは、自然界にはないものであって、だからこそ人間の感性をゆるがす。
Process Art / Zone
Process art, which explores fortuitous phenomena, in exchange for an explosive impression that comes only to you, is equal to the probability of being present at the moment when a melody is played by chance in the natural world, and it is experienced as a very short momentary event.
偶然の現象を探っていくプロセスアートは、自分だけに訪れる爆発的な感動と引き換えに、その体感は、自然界で偶然にメロディが奏でられた瞬間に立ち会える確率と等しく感じ、それはとてもみじかい瞬間の出来事として経験していく。
人間をキャンバスに描かず、ありものの画材で手が動くままに筆を足していくことは、おおよそボヤけた輪郭の雑音のようなインスト音楽となって完成されていく。
依頼された仕事ではないものは特にそうだ。
何かを作っていても結果的に全然違うものになっているということがほとんどで、それはそのプロセスで繰り返し訪れる発見に満足しきっているのだと思う。
それでいい。
楽しさを超えて、考えるより先に動いている。
頭では現実的に生産性の高い方向もよぎっているのは確かだが、一度そのゾーンに入ると、手を止めることが出来ない。
Unwavering Attainment
Inferiority complexes are ever-present. Rather than comparing myself to those who create works worthy of admiration, respect, and admiration, I am walking through the process with a long-term mindset based on probability. It is a long inferiority complex until I am truly satisfied with the high resolution of the finished product.
劣等感は絶えず存在している。
憧れや尊敬、感銘に値する作品を世に出している存在と自分を比較してのことではなく、蓋然性のもとに長期的な心境でプロセスを歩んでいる現実への理解と、輪郭のはっきりした完成品の持つ質の高い解像度に、偽りなく満足し続けられるまでの長い劣等感である。
僕の芸術はそこにある
今この瞬間も、この世もあの世も、虫も自然も植物も動物も地球も宇宙も
全てが芸術だと思っている
ボヤけた芸術も芸術。自由。
個人的な欲の方向性
Probability and Necessity
And I’m trying to get close to the concept of ‘clarifying the goal’ and engrave it in my heart so that it doesn’t end just because I know it in my head.
今日もまた、このままでもいいが、このままじゃダメだとなった。
ネガティブに考えると『自分が楽しむためにやっているアウトラインがボヤけた輪郭のはっきりしない抽象的な雑音音楽やミックスメディアアート』に一瞬だけ満足している状態である。
そして『目標を明確にする』という概念に寄り添い、頭ではわかっているということで終わらせないよう、心に刻み込もうとしている。
『明確』とは『はっきりしていて確かなこと』だ。
『ぼやけている目標』だけではダメだ。
目標を『感動を自分だけのものにしない』ということをにした場合の設計には具体的なものがいる。
誰かの感性を揺るがす解像度の高いコンセプトの作品
これにしよう。
Keep in
where, what, how, how much, what to do
つまり、『明確な目標』に必然性を与えるならば
どこに
なにが
どのように
どれだけ
どうするか
なのではないかと、やっと気がつくことができた。
ハイハットの代わりにクリックノイズをワイドステレオ上と下に・・・
とかではなく
作品もしくはプロジェクト単位で明確にできればいいなという
どちらにしても、時間をかける部分なのかな
はぁぁ、少し楽になった 笑々